第276話 サンタクロース


幼少の頃のクリスマスにまつわる話です。


私は映画「三丁目の夕日」の淳之介少年と同じ世代として、昭和二十年代から三十年代を迎えました。
当時、私はクリスマスになるとサンタクロースが枕元にプレゼントを持って来てくれると信じていました。
実際、幼稚園にかよっていた頃、クリスマスの翌日には枕元にプレゼントが置かれており、サンタクロースが来たと友達に自慢話をしていました。
そんなクリスマスのプレゼントの想い出の中で、今でも強く印象に残っているエピソードを紹介します。


何歳の頃か忘れましたが、私はオルゴールが欲しいと思っていました。当時オルゴールは貴重な物で、安くはなかったと思います。
そんなオルゴールをサンタクロースが持ってきてくれるように祈っていました。
ところがその年のクリスマスにサンタクロースが来ませんでした。
翌朝、母(カアチャンと呼んでいた)にサンタクロースが来なかったことを涙ながらに訴えたところ、信じられない言葉が返ってきました。
サンタクロースがオルゴールを買いに行ったところ財布をスリにすられて買えなかったというのです。
話を聞いたところ、新宿のデパートにプレゼントを買いに行った姉が財布をすられてオルゴールが買えなかったということでした。
サンタクロースがいなかった事に夢を砕かれ、姉がスリにあった事で現実の社会に引きずりこまれた事に子供ながら大変悲しく思いました。


それでも何日か遅れてオルゴールが届きました。
オルゴールは竹板を組み合わせたシンプルな箱でしたが、蓋をあけたときに流れた音色は大変美しく心に響きました。曲目は「エリーゼのために」だったかもしれません。
その年以降、クリスマスを迎える気持ちがすっかり変わってしまいました。


私も60歳を迎え、当時、母から聞いたスリの被害は、母に代わってオルゴールを買いに行った姉が、手持ちのお金で買えず、帰らざるをえなかったのかもしれません。
豊かでない時代にオルゴールをプレゼントしてくれた、亡くなった母に心から感謝しています。